火曜日, 4月 18, 2006

そうじ×情報×睡眠

本が3ヶ月で40冊ほど増えて本棚におさまらなくなる。
また、部屋にはここ3年ぐらいかけて溜め込んだ高さ20cmほどの
論文の山が6つほど並んでいて、部屋に足の踏み場がなくなる。
これはいい加減整理しないと二階の床が落ちる・・と思い、
土日をかけて部屋の掃除をした。

もう読まないであろう本を段ボール3箱分詰め込んだら、
本棚にすべての本を収納できた。




積み重なった論文をひとつひとつみる。ぱらぱらだけれども、
おっ、と思ったものはメモしていく。

自分の頭だけでは決して思い出さないような記憶も、
外の記録媒体を通して、ふたたびアクティブになって、
しかも、昔とは全然違う視点で気がつくことがたくさんあって、
いろいろ考えていたら、結局、2日かけて、
論文2山分しか処分できなかった。

でも過去に自分が溜め込んだ資料というのは、
決してゴミなどはなく、情報の宝庫ではないか!
ということに気がつく。
ただそこから意味ある情報を取り出すには、
整理するのにまる2日かかったように、
コストがかかる。

養老さんの説によると、脳は覚醒しているときに
増えたエントロピーを処分するために、
眠らなければならないのだという。

図書館に例えると、覚醒しているときは、
いろいろな体験をして、そのたびに、
本棚から本(=記憶)をとってきては
机の上にどんどん広げていき、
そこに新しいことを書きこんでいく。

本が散らかっていく = 無秩序が増大する = エントロピーが増える、
となる。

そのような散らかった本を、また本棚に戻して、
秩序を取り戻すために、
夜になると、脳は意識をオフラインにして、
せっせと本を片づけるらしい。

でも元の場所にただ本を戻すのではなく、新しくできた本や、
新しく書き加えられた本を新しいカテゴリーの棚をつくって、
もどしたりして、たくさんの編集が加えられる。
その結果として、たとえば、夢のなかで閃いたり、
夜悩んでいた考えが、一晩寝ると整理されていて、
答えが見つかっていたりする。

というわけで、脳であれ、おれの部屋であれ、
情報は日々増えて溜まっていき、
無秩序な方向に向かっていくわけで、
かならず整理する必要性が生まれる。
そのために、脳には睡眠があって、
部屋には掃除がある。

そう考えると、夢のなかでの閃きも、
論文を整理する過程でぱらぱらみながら、
いろいろ閃くのも、本質的には同じことだよね~、
というようなことを思ふ。

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