水曜日, 9月 21, 2005

渡嘉敷島


To the beach

9/11(日) & 12(月)
研究室の合宿で沖縄の渡嘉敷島にいった。
3年前にいったことがあって、今回で2回目。

那覇からフェリーで渡嘉敷島にわたる。
海は脳のメタファーの宝庫だなぁと思う。
去年は、あれくるう海をみて、
海+整流=自発発火
と思ったけれど今年は
脳のシンボルはモーゼの杖だ!
と思う。脳のなかにシンボルのような非連続的なものをつくりだすためには
モーゼが杖をかかげて海をまっぶたつにわったように、
この海のような連続的な神経ネットワークを
なにかしら方法で切らなければならない

今回も阿波連ビーチにいった。
ビーチまで一本の道路があるんだけど
道路のさきにエメナルドグリーンの海がひろがっていて、
その道路からの風景をみたら、あーまたきてよかったと思う。

海でシュノーケリングをした。
浮き輪を借りて、足がぜんぜん届かないところまで泳いでいく。
魚がたくさんいて、魚肉ソーセージをあげると群がってきて、
魚とたわむれる。
体長が50センチぐらいある巨大な魚がいて
小さい熱帯魚を押しのけて魚肉ソーセージを独り占めしていた。
小さい魚は早すぎるけど、その大きな魚は触ることができた。
足に食いついてこないかとびくびくしながらエサをあげてスリリングだった。

夕方は岩の上にすわって夕日が沈むのをみるができた。
とてもきれいだった。
夕日を眺めながら、この感動はなんなんだろう?と考えて
夕日を眺めにいくチンパンジーのはなしを思い出した。
ある科学者の報告によると、その野生のチンパンジーは
かならず夕刻になると群から離れて
ひとり木に登って夕日を眺めていたのだという。
チンパンジーが夕日を見ているときに感じているであろう”美”と
いま自分が感じている”美”はどれくらい同じなのだろうか、とか思う。

夜のビーチ。
都会は明るいから、月がどれくらい明るいのかわらかないんだけど
夜のビーチは完全な闇夜で、月がおおきな街灯のように、
海を照らしていて、月ってこんなに明るかったんだ!と思った。
すごい暗い闇のなかに、月明かりで
とおくにちょっと暗い山がシルエットで浮かんでいて
そして波の音がたえず聞こえているのがすごくよくて
ずっと眺めていた。

月が沈むと星空が広がっていて、
浜辺でねっころがって星を眺めた。

はじめて気がついたんだけども
流れ星が流れる頻度はかなり高い
二日間で3つみた
視野は狭いから満天の空でたまたまその場所をみてないと
流れ星をみることはできない
まわりで寝ていた人たちが「みた!」と叫ぶのをカウントしていると
どうも10分に一回は流れている気がした。ポアソン過程だなぁと思う。

朝のビーチ。
朝、早起きしてビーチにいった。朝のビーチはひんやりしている。
ビーチの左側には大きな山があって、日の出をおくらせている。
太陽はでてないんだけど曇りの暗さではない明るさがあって、
ひんやりしていて、その空気の質がとてもいい。
山から太陽がでてくるにつれて、ひなたが右側の浜辺からだんだん
左側の浜辺に向かってくる。浜辺がひなたで覆われるまえの
そのひんやりした空気の感じがとてもよかった。

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